読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

こころ…C(事件)

(1)

神ノ原市から 車で2時間あまり入り…

そこからまた歩いて 峡谷の吊り橋を

2本を渡り 着く頃までには小半日は

かかる山奥深い処に 山崎村がある。

いや あったと云うべきかもしれない…

今なら 過疎のそのまた過疎で 消えていく

村や町 限界部落も そんなに珍しくもないし…

まあ社会問題としての 誠意のない話題に

だけは なっている。

無いといったら 本当に何もない山村で

その分 風景ばかりが良いと云えるのか…

どこぞの金持ちの 別荘らしき建物が

点在している…そして元々の そこの住人と

云えば… もう10軒にも満たない しかも老人

ばかりであった。

神ノ原市は 前々から 福祉の関連で 里の施設に

移住させたいのだが… 皆はここで死にたいと

ばかりに 誰1人も 1度 考えてみる までも

いかなかった…。

木の実の関連か 虫たちの連鎖のしぜんなのか

そんなことは 解るよしも無いが… この山崎村の

山谷には やたらにホトトギスが 多く生息する。

今から90余年あまり前だから 昭和の初期である…

85の 軒があった この山崎村が… 僅か4年の

期間に 21軒に激減したという… 奇可怪な事件が

あった…と記録されている。

もっとも 今でいう インフルエンザか 何かの

偶然な 急流行感染だったのか… それも不明の

まま…今日に至るのだが、それよりも何よりも

順次の葬式や そもそもの遺体が 無かったので

ある…

大正の終わりごろか 昭和の始めとはいえ…

それ相応の 大捜索が7〜8年 重ね重ねに

続行されたのだが、この平成の 今もって…

摩訶不思議な いやまして奇妙な事件であった。

神ノ原の市役所に勤めている 八田与市は…

もうやがて定年退職の時期を迎えているが

いまその 山崎村に住んでいる8軒12名の中の

1人の老婆は… 彼の母親なのであった。

与市は自宅建設の際には 母の部屋やスペースを

全部バリアフリ〜の最新式にして テレビから

庭の 癒し風景まで いたれりの工夫をした…

そして母を迎えようとしたのだが、その母も

《ワシは山崎を出と〜ない☆》の1人だった

のである。