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断食の必要性

断食は必要か否かと問われれれば、私は必要と言うだろう。

いきなり余談ですが、ダイエットしたいという人は、食べないことです。

栄養学という考えがありますが、1日摂取しなければいけないというカロリー論の根拠はまったくありません。遠い昔、ドイツの栄養学の父、インチキな人と思っていますが、カール・フォイトという人が作り上げた栄養学が独り歩きし、現代の栄養学となっているようです。

ところで、腸内細菌叢(ちょうないさいきんそう:腸内フローラまたはマイクロビオータともいう)の研究でも著名な藤田絋一郎先生は断食否定派。

論拠としては、腸に負担をかけるという理由だ。

食事をとらない時間がが長くなると、粘膜や粘膜にびっしりついている絨毛(じゅうもう)が委縮してきます。腸での粘液物質も減少します。これによって、腸管の働きそのものが低下してしまうのです。

しかも、これによって腸内細菌叢の勢力図も変化します。ウェルシュ菌大腸菌が増殖するのです。(『一生太らない体をつくる「腸健康法」』大和書房 258頁)

という理由なのだが、森下敬一先生をはじめとする自然医学は、断食によって毒を外に出すと考える。

事実、この考えでガンなどが治った例もたくさんある。

自然医学の基本的理解は、血液が腸管で造られているいう前提だ。※

藤田先生がおっしゃる「腸管の働きそのものが低下」という意味とは?

自然医学の母体である東洋医学は、体毒が病気の原因とする。

血液は酸素や栄養を身体中にめぐらすが、血液そのものが体毒となることもある。

その血液の流れ、血行こそ健康維持に一番大事なところである。

自然医学はさらに一歩進んで、前述した腸管造血説から血球細胞が形を変えることを主張する。

血球細胞が体細胞となる。このことはなんとなく理解できると思うが、その逆も起こるという。

体細胞が血球細胞に戻るのだ。

この考えがあることから、断食すると体細胞が血球細胞に戻り、体外に排泄されるという仕組みとなっていると主張し、実践しているのだ。

東洋医学的な考えからすれば、断食は、体にたまった毒を抜く、血液循環の交通整理をする効果がある。

「絶食療法」というものもあるくらいだ。

一概に断食は否定すべきではないのではないか?

藤田先生のおっしゃる腸内フローラが健康や思考などに影響しているだろうことは私も認めているが、身体全体からものごとを見た方がよいのではないかというのが私の思うところです。

そして血液が腸管造血することから、食についても自然医学は粗食を勧める。

ただ疑問に思うのは、肉食を徹底的に否定しているところである。卵でさえである。

肉類は消化に悪く、長く腸にとどまる。腐敗するのだ。

自然医学の考えからいえば、肉類は悪玉菌を増やすからだというだろう。

要するに体毒のもとになるということ。

参考までに1977年の「マクガバン・レポート(Dietary Goals for the United States)」や2005年「The China Study(ザ・チャイナ・スタディ)」で、肉食中心の食事はよくないとされている。

暴飲暴食、食べ過ぎがご法度であるとことは、健康という観点から藤田先生も自然医学も共通事項だ。

藤田先生は、基本的に腸の喜ぶものを摂取することを挙げつつも、肉食も推奨している。

前にガン対決という記事で話題にした近藤誠先生も肉食を否定しません。

肉や卵にも良質なタンパク質は多く、血清アルブミンの材料として不可欠な食品なのです。

(中略)

血清アルブミンは血液の循環と栄養素の運搬に重要な役割を担っています。(前掲書 117〜119頁)

ただ両者とも食品添加物(インスタント食品やコンビニ弁当、スナック菓子)は、全面否定しているところは共通。

人の健康について各研究者よりいろいろな見解が述べられておりますが、真実ははっきりしません。

ダイエットのやり方がその人に合うか合わないかと同じように人の身体はそれぞれ個性があります。そのためダイエットはその人に合った方法を取らないといけないのと似ているのかもしれません。

個人的な話ですが、私は、少し前から玄米を食べているのですが、理由は森下先生が言うところの栄養価が一番ある食べ物で、かつ毒素を一番排出する食べ物ということからです。

玄米というと固くて食べにくいとイメージされる方も多いかもしれませんが、よほど古い型の炊飯器でなければ、玄米用の炊飯ボタンがあるかと思いますが、それを使えば精白米と変わらないやわらかいご飯です。

見た目、茶色がかっているところが気にする人はされるかも程度。

自然医学が主張するほどのストイックな食事制限はしません。

肉も卵も食べます。

ただインスタントものは極力控えております。

もちろん砂糖も極力控えておりますが、甘いものはなかなか難しい。とりあえずハチミツなどを代用することが多いです。

身体に入る水、塩、醤油、味噌はよいものを選ぶようにしております。

腸内フローラが喜ぶかどうかわかりませんが、豆乳のヨーグルトを毎日のように食べているくらいでしょうか。

話が横道に逸れましたが、断食はときたまやる方がいいと私は考えております。

イスラーム教においてもラマダンの時期にサウム(断食のこと)を行うのは、宗教とはいえ、人の身体の神秘をよく考えているように思うのです。

太古の宗教ですが、こうやって現代もなお信者が多く、その戒律に従っているのはすごいことではないでしょうか?

あ、念のため、ISIS(イスラム国)はイスラーム教徒のフリをしているものなので、本当のイスラーム教徒そのものとは関係ないと思っています。

問題はこの輩に誰がお金を出しているかです。組織があれば、それを維持したり、行動するための資金提供がなければ成り立つわけがないのです。これが世界の裏側につながるのでしょう。

ISISの正体は、イスラエル諜報機関の「モサド」ともいわれている。

欧米諸国が金融における過ちをいつも繰り返していますが、イスラーム金融の考えも取り入れて再考してみてもよいのではないかと思っていたりします。

イスラーム教では、利子(リバー)を取ってはいけないことは広く知られている。

しかし、キリスト教だってもともとは利子を取ることを禁止していた。福音書に明確に記されているわけではないが、そう解釈されている。が、時代に合わせてその解釈を緩めてしまったのだ。

あなたがたは敵を愛しなさい。人に善いことをし、何も当てにしないで貸しなさい。そうすれば、たくさんの報いがあり、いと高き方の子となる。いと高き方は、恩を知らない者にも悪人にも、情け深いからである。(ルカによる福音書

キリスト教の母体となるユダヤ教には、「異邦人には利子を付けて貸し付けてもよいが、あなたの兄弟に貸すときには利子を取ってはならない」(「申命記23章20」)、「その人に金や食糧を貸す場合、利子や利息を取ってはならない」(「レビ記25章37」)とあり、キリスト教も当然この考えはベースにある。

さらにユダヤ教キリスト教と同じ唯一神教イスラーム教も利子を取ることを禁止するのは当然の流れであろう。

では、イスラームの金融機関は何をするのか?

商品の買い手が融資を望むとき、金融機関が肩代わりしてその商品を買い付け、それを買いたい人に(少し高い値段で)転売し、割賦販売のような形で資金の回収を行うのだ。これを「ムラバハ」という。

では預金の考えは?

これは投資信託のようなもので、預金者から集めた資金で企業を買い取る。

つまり金融機関も経営にタッチするのだ。

そして企業が成功すれば、その企業に買い戻しをさせる。

その買い戻したときの金額を預金者で分け合うという形をとる。

だから失敗すれば、預金者も一蓮托生となる。

株を買っているようなもんだ。

これを「ムダラバ」という。

なお、イスラーム教では、不確実性のある取引や詐欺的な行為のほか、豚肉、たばこ、アルコール、武器、賭博、麻薬、売春、ポルノ関連などクルアーンイスラーム教の聖典)とスンナ(規範)を中心としたシャリアに違反するような資金使途とする取引は禁止されている。

イスラームでは、このように現物取引をベースにするのでバブルが起こらない。

この利点は欧米は学んだほうがよいのではなかろうか?

※現代医学では、血液は骨髄で造られる(骨髄造血説)としている。ガンは細胞分裂の過程で遺伝子のコピーミスとされる。ゆえに切ってしまう、とにかく滅してしまえば治ると。

これに対し、自然医学は汚れた血液がガンになると考え、細胞分裂からガンになるとは考えていない。そのため血液の汚れを生むさまざまなストレス環境を改善しなくてはいけないと説く。