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日常287。

 『けものフレンズ』の最終話、視聴終了。友達のヤスオさんが「闇が深い」と言っていたので興味を持ち、第1、2話を観てみたものの、CGアニメのヌルヌルした動きと一部声優の「棒読み」(知能の低いフレンズの演者は、わざとそうしている?)が僕には合わず、一気に話題の第11話にワープ。以下、最終回までのネタバレあり。

 ヤスオさんのつぶやきにしたでたらめレス「今までのフレンズが総出演してかばんちゃんを救出します(てきとう)。」が当たるとは。まあ、それが王道と言うか、お約束という奴ですかね。ほとんどまともになんて観ていなかったくせに、かばんちゃんのいいところを挙げながら「返して! 返して!」と縋り付くサーバルの姿にうっすら涙ぐむ。おじさん弱いのよ、こういうのに。

 ラスト、かばんちゃんの手が黒くなっていることに戦慄。ネットで識者諸兄の考察を当たったところ、セルリアン化という説もやはりあったが、手袋が自動再生されているということでFAぽくて一安心。でも、「ということは、かばんちゃんはまだフレンズ。本当にフレンズ化が解けたら、ヒトではなく、髪の毛に戻る」という推論を見付けてしまい、再び戦慄。やめてくれよー。ガキが辛い目に遭うところは見たくないよー(T-T)。まして可愛い女の子ならなおさらなんじゃよー。

 友達の小田さんのつぶやきから『アオバ』の宮尾岳先生のツイッター(「ツィッター」?)に飛んだら、『けもフレ』などを指して、「ネットの誕生で口コミが一瞬で伝播し、大ヒット作が1クールで生まれるようになった」という趣旨のご発言をなさっていた。蓋しご慧眼。いい時代かはさて置き、面白い時代になったとは思う。ポストモダニズムが声高に否定する大量消費は、本当に悪徳なのか、問い直してもいい時期かもね。発想や才能が埋もれたまま形にならず、なせたとて、少なくともゴッホのように同時代には評価されない(人もいる)近代と、DTMペンタブレット、インターネットやSNSで形そして評価を得て、大局的には髪一筋ほどでも確かに爪痕を遺せる(人もいる)現代と、クリエイターにとって、どちらが幸せなのだろうね。まあ、僕は享受者であり、なんちゃって批評家だから、どっちでもいいんだけど。一応、(専らこの日記の書き手という)表現者としては、自分の発言には全ての責任を持つつもりではいるが。

 『メイドラゴン』熱が予想以上。さすがに円盤までは買わないが、コミックは揃えてもいいかも。