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文句を言うなら責任を持て。「自由」と「権利」責任と義務

 「誰でも何でも好きに文句を言う時代」と思えて来た。

その原因の一つに「ネット」や「SNS」と思える。

つまり、相手の面等向かって言わない分、好きに言えるのだろう。

 日本には「言論の自由」がある。

要は「何言っても良いだろう」と言う話。

しかし、それを「勘違い」している人が実に多い。

 日本は戦前まで「自由」や「権利」が制限されてきた。

戦後、敗戦と共に「自由」と「権利」が突如、来た。

持って来たのは「アメリカ」

つまり「何の苦労もなく、権利と自由を得た」のが日本人。

 欧米などでは「自由」と「権利」を得るのに相当な苦労をしている。

持って来た「アメリカ」も「独立戦争」と「南北戦争」で血を流して得ている。

 今「大統領選挙」が行われている「フランス」も「革命」を起こし、王室を処刑して得ている。

 「イギリス」は血を流していない。

しかし、国王と長い年月をかけ、話し合いで少しづつ得ている。

他の国も血を流したり、話し合いを重ねて「自由」と「権利」を得た。

 日本は強いて言うと戦争で多くの犠牲を出したかもしれんいが「自由」と「権利」を得る為に血を流したのではない。

「敗戦」をし、アメリカが持って来た物で「棚から牡丹餅」「降って沸いた」自由と権利なのである。

 その為、この「有り難味」を知らない人が多い。

恐らく、どのような過程で得たのかも知らない人が多いのではないのか。

言い換えれば「当たり前」と思っているのだろう。

 「自由」と「権利」は「無償」ではない。

「自由」を行使するには「責任」が必要。「権利」を行使するには「義務」が必要なのである。

「納税」は「義務」である。その税金の使い道を決める為に「選挙権」がある。

成人となれば「自由」に色々な事が出来る。

しかし、法律を犯せば「罪」と「罰」を受ける。

 色々と文句を言うのは「自由」だ。

しかし、言うからには「責任」を持たないと。

無責任に好きに言って良いと言うのは世界を見渡してもない。

コメントしたり、批判するなら、今、現在。誰にも負けないと言う信念と理論を持って言うべきである。

 ミクシーのニュースのコメントを見ても「無責任の極み」と言う人がいる。

今、解る事実を知り、その上で誰とでも論争出来る考えを持った上でコメントするべきで、文句を言うべきと思うのである。