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気がつけばそこに歌が流れていた74

五月待つ花橘の香をかげば昔の人の袖の香ぞする(詠み人知らず)

帰り来ぬ昔をいまと思ひ寝の夢の枕ににほふ橘(式子内親王)

橘のにほふ辺りのうたた寝は夢も昔の袖の香ぞする(俊成卿女)

夕暮れはいづれの雲の名残とて花橘に風の吹くらむ(定家)

昨日、Sarahさんが花橘に食いついて下さったので、国文学会植物部長(番長?)(・・;)に任命!その記念として、話題になった花橘を。5月14日は花橘記念日。

花橘というのはどうも柑橘の花全般を指すらしい。昔は蜜柑類をときじくのかぐの木の実と言った。現代のような美味しい蜜柑ではなかったかも知れない。

遠い遠い神話の時代、ある帝が崩御しそうになり、家臣は不老不死の果実、ときじくのかぐの木の実を探しに行ったが、間に合わなかった。

それでも花橘は高貴なものとされ、御所にも植えられ、果実は黄金に輝くと清少納言も誉めている。

また冒頭の一首、五月を待ちながら花橘の香をかげば昔の恋人の袖の匂いがするという歌は大傑作とされ、いくつもの本歌取りが生まれた。

ちなみに袖の香が花橘というのは昔は植物の香りの香をいろいろ工夫して作ったのである。

また、式子内親王の御歌。

帰り来ない昔の恋人を思いながら眠る。その夢の中であの人の袖の花橘の香りがする。

俊成卿女(俊成の娘とされているが、孫娘、定家の姪である。)の歌。

橘が香る辺りでうたた寝していると夢の中でも袖も昔の香りがする。(自分の袖だろうか?相手の袖だろうか?)

有名だが、定家は式子内親王が好きだった。何しろ、定家一族は長生きで、俊成は崇徳院と青春時代を過ごし、不思議な縁で、後白河法皇の娘、式子内親王に学問と歌を教えた。そこで式子内親王が俊成に作ってくれと言って、出来た作品が古来風体抄である。

それはそれとして定家は俊成が老いてからの息子で、父親式子内親王の宮殿で働くとき、下働きをするためついていって好きになってしまったらしい。

定家は式子内親王に恋歌を「見せられた」と吹聴していたが、贈られたではなく、「見せられた」というところが肝である。

式子内親王は魔王後白河法皇の娘でありながら、聖女だった。内面の美しさ、プラス、本当に斎院という神職にあった。

この式子内親王の恋歌は定家の究極の売名という説もあるが、私は式子内親王は定家が本当に眼中になかった。ぶさいくな金魚かチャウチャウみたいなものと思って、見せたのではないかと思う。

式子内親王は恋していたのか?全て空想だったのか?しかし、馬場あき子、竹西寛子辺りは平家の貴公子だったのではないかと推理しているが、最近、法然という説が出ている。しかし、やはり謎である。

定家も花橘を詠んでいる。夕暮れ、花橘の香りがする。また亡くなった人の煙が立ち上ぼり、雲から香りがする。どなたの名残が香るのだろうか?

式子内親王は定家より先に旅立った。

ところで、ある能学者が定家の邪恋はトリスタンとイゾルデと関係があるのではないか?と言う仰天の説をぶちあげた。次回はそれを。

tadaさん、楽さま、敏ちゃん教授さまの乱入なども期待したいところである。(・・;)